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リハビリのこと

2025.12.02

見えない「言語の本質」を観る

先日、「認知神経リハビリテーション学術集会」に参加し、

多くの学びと気づきを得ることができましたので、少し紹介させていただきます。

特に印象的だったのが、言語心理学者・今井むつみ先生の

「見えない言葉の本質をどう理解するか」という講義です。

はじめに

〜記号接地問題とアブダクション推論から考える“人が理解するとは何か”〜

今井むつみ先生(慶應義塾大学名誉教授)の講演より

私たちが普段当たり前のように使っている“言葉”は、本来とても抽象的な記号の体系です。
では、なぜ子どもはあっという間に言語を覚え、自在に使いこなせるようになるのでしょうか。
その鍵となるのが 「記号接地問題」「アブダクション推論(仮説形成)」 です。

1. 子どもはどのように「言葉」を身体に結びつけるのか

子どもの最初の語彙は、「ミルク」「パン」「ワンワン」など、
五感で経験できる “身体的に感じられるもの” から始まります。

これは、認知科学者 Steven Harnad が提案した

記号接地(symbol grounding)

—「言葉(記号)が感覚経験に結びつくことで初めて意味が生まれる」
という現象です。

身体を持たないAIが“本当の意味で”理解できない理由もここにあります。
言葉は、まず身体を通して世界とつながることで意味が芽生えます。

2. 限られた経験から世界を推論する

身体感覚に結びついた語彙は、やがて抽象語へと広がっていきます。

たとえば
「ミルク → 白い → 冷たい → 飲み物 → 食べ物」
というふうに、経験をつなぎ合わせて “体系” をつくっていきます。

これは科学者が見えない現象に仮説を立てる

アブダクション推論(仮説形成)

と同じプロセスです。

  • 不完全な情報から本質的な構造を推測する
  • 点の情報から面の理解へ広げる
  • すぐには結びつかない知識同士をつなぐ
  • 時間をさかのぼって「本当のメカニズム」を考える

私たちの理解は、こうした“仮説形成”の繰り返しで成り立っています。

3. 行間を埋める力 — 人間だけが使える理解の仕組み

人は常に

  • スキーマ(知識の枠組み) を使い
  • 暗黙の情報を補い(行間を埋め)
  • 曖昧な状況でも意味を構築している

これは、コミュニケーションがスムーズに成立するための必須能力です。

しかし同時に、

アブダクションは “思い込み” や “偏見” を生む

という側面もあります。
だからこそ、仮説が間違っていれば修正すれば良い。
知識はその繰り返しで精度が上がっていきます。

熟達者はこの精度が高い。

  • 必要な情報が何かを知り
  • 取捨選択ができ
  • 過去の豊富なスキーマが高速で働く

だから間違いも減り、推論が正確になります。

4. システム1とシステム2 — 直感と思考の両輪

ダニエル・カーネマンが示したように、人の思考は2つのシステムを持ちます。

システム1:直感的・高速・省エネ
私たちは普段こちらがデフォルト。
完璧より“効率”を優先することが、人類の生存に適していたからです。

システム2:論理的・ゆっくり・負荷が高い
考え抜くことで誤りを修正し、直感の質を高める役割を持つ。

コミュニケーションのほとんどはシステム1で行われており、
「伝わらない」のは当然ともいえます。
人は自分のスキーマを通して話を聞き、
相手の意図より自分の感情や価値観を優先しがちです。

5. “直感を磨く” ことが理解の質を決める

望ましいのは、

システム1(直感)の精度を極限まで高めること

です。

そのために必要なのは、

  • システム2で立ち止まり
  • 自分の思い込みを点検し
  • 知識を結びつけて新しい推論を生み
  • それを何度も経験の場で使う

という地道なプロセス。

直感は生まれつきではなく、鍛えられる能力
であることを、今井先生は強調されていました。

リハビリに通じる「人が理解するプロセス」

実はこの仕組みは、
リハビリで新しい動作を学ぶプロセスと本質的に同じ です。

  • 感覚と動作の結びつき(記号接地)
  • 目に見えない身体の動きを推論する(アブダクション)
  • 経験からスキーマをつくる
  • 行間を埋めるように適切な動作へ修正する

私たちが患者様にお伝えしている「身体を理解する」というプロセスは、
まさに人間の根源的な学習のメカニズムです。

まとめ

言葉を理解することも、動作を習得することも、
「身体に根ざした経験」から始まる。

そして、不完全な情報から世界を推論できる「アブダクション能力」が、
人間の学習とコミュニケーションを支えている。

直感を磨き、思い込みを修正できる柔軟さを持つことで、
私たちはより豊かに世界を理解できる。

私の感想 — 臨床・教育に立つ者として

今回の今井先生の講演を通して強く感じたのは、
理解とは、ただ情報を受け取る行為ではなく、身体と経験を使って“自分の中で意味をつくる営み”ということでした。

リハビリの現場では、同じ説明をしても患者様ごとに理解や反応が違うことがあります。
これまでは「伝え方の工夫」ばかりに意識が向きがちでしたが、
人はそれぞれ異なるスキーマ、異なる経験、異なる仮説形成のクセを持っている以上、
伝わり方が違うのは当たり前” であるという視点を、改めて深く納得しました。

だからこそ、
患者様がどんな経験を持ち、何を恐れ、どんな行間を埋めて世界を理解しているのか――
その“内的世界”に寄り添いながら、必要な感覚経験と気づきを一緒につくっていくことこそ、リハビリの本質である
と再確認しました。

さらに、「直感を鍛える」というメッセージは、
教育者としてスタッフ育成を担う立場にも強く響きました。
知識を詰め込むだけではなく、
考え、間違え、修正し、また試す――
この地道な経験の積み重ねが、臨床家としての“良い直感”を育てる。

その環境をどれだけ整えられるかが、組織づくりの大切な使命だと感じています。

今回の学びを、
患者様の支援にも、教育にも、そして組織運営にも活かしていきたいと思いました。

 

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